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のんきな心霊の世界。あなたも軽い気持ちで心霊体験。

 新井さん家 考察


埼玉県児玉郡川上町。新井さん家はそこにある。

県道331を走っていれば、見つかることだろう。














-調査-



霊障

新井さん家から物をもって帰ると、誰からか電話がかかってきて、

「返せ!」と、怒られるらしい。

そりゃぁ、人の家から物を盗んでるんだから、返せって言われるのは当然の話。





別パターンでは、メールが来るとかもある。

「返せ!」と、高圧的な態度でなく、「返してください」と、

泥棒されてるにもかかわらず、へりくだった言い方の場合もある。





これらの霊障に関しての検証は、すでにいろいろな人がやっていて、

その結果は電子媒体でいかんなく発表されている。

そのどれもが「何も起こらない」と、答えを出している。









どちらにせよ、この霊障は嘘と断定していいだろう。

では、なぜ霊障が起こると言われるようになったのかだ。






新井さん家の背景としてこんな話がある。



  ・気の狂った父親が妻や子供たちを殺し、自分も自殺するという事件が起こり、

   そのまま打ち捨てられて廃屋になった。



  ・ダム建設に反対する新井さんが、抗議活動として家族ととも居を構えた別荘なのだそうです。

   しかし、この新井家のご主人は精神に異常をきたしてしまい、チェーンソーで家族全員を惨殺し、

   自分も風呂場で自殺してしまった
のだそうです。



  ・ダム建設のためにやって来た新井さん一家の父親が突如精神を乱し、包丁や鉈で家族全員を殺害した後に自殺した。




大きく分けて2つの話になっているようだ。

1.父親が一家惨殺。自殺。

2.ダム建設関連の事件




気になるのは1の事件となる。霊障があるならこれが一番因縁深い。

だが、調べるにしても時期がわかっていた方が調査しやすい。

なのでまずは、2のダム建設について調べる。







このダム建設というのは、新井さん家の近くにある「下久保ダム」のことなのか。

もしかしたら別のダムという可能性もなくはない。




下久保ダム

1959年に事業が着手、1965年に本体工事開始、1968年に完成。

群馬県鬼石町・万場町と埼玉県神泉村・吉田町の321戸・364世帯が水没対象となった。

その住民たちの労苦をしのんで、ダムの傍に移転対象となった全住民の名前が彫ってある

「望郷之碑」が造られている。





もし、ここに新井さんの名前があったとしら、ダムになんらかの関連があった可能性がある。

しかし、感づいている人は「そもそも新井って名前自体、どうなのよ」っと疑問に思っているだろう。

そうなのだ。

まず、例の廃屋が誰の物だったのかが問題だ。






この問題についてはすでに答えが出ていて、あの廃屋はまさしく新井さんの物だと

古い住宅地図に記載されている。

が、正確には「新井家の別宅」なのだ。

あまり聞きなれない言葉だが、つまり普段住む家とは別に設けた家のことだ。







あの廃屋は新井さんの別宅。金持ちだったのだろうか。

こっちは6万5千円のアポート暮らしだというのに。

本宅はダムで沈み、新井家は別宅に移り住んだとしたら、なんとなく話の筋が見えてくる。




では、、「望郷之碑」に新井という名前があるのかだ。

これに関しては後日調査・・・ m(_ _)m







だが、下久保ダムの近くに神社があり、そこに「水没之碑」なるものがある。

なんと、これには新井という文字がたくさんあるのだ。










ということは、ダムによって水没した家には、「新井家」が確実に存在している。

新井さんがダム建設と関わりがあることは証明された。









いったん、霊障の背景となった3つの話を考え直す。

3番目にあげた「ダム建設のためにやってきた新井さん」説だが、

これを肯定しようとすると




     新井さん:いやぁ、ここが次のダム建設現場かぁ〜

           なまらがんばって働いちゃうかなぁ〜

           んをぉ!? ちょっとまてぇぃ!!

           ここはオイラが産まれ育った場所ではないかぁ!!

           こんなところにダムなど作らせぬよ!!

           よぉぉぉぉぉし!家族もここに呼んで、ダム建設反対運動だー!

           うぬぬぬぬ・・・しかし会社には逆らえん>_<

           死のう・・・・しかも家族道連れで・・・




と、こんな泣ける三文芝居になる。

ダム建設会社にいる新井さんが、それに反対していくのはいささか話が乱暴だと思う。

しかも殺人・自殺まで。

このダムの施工業者は「株式会社熊谷組」と「株式会社間組」。

このどちらかに属し、殺人を犯したというのか。

今現在、これらの会社社員に関しての殺人事件は出てこない。





これらのことをあわせると、新井さんはダム建設関係者ではないと言い切れる。















現在、新井家別宅に残っているもので、発見されている品を調べた。

「1964年の新聞」「算数の教科書」「イソライトかまど」「風呂場」「コタツ」

キーアイテムの数々だ。





まず、算数の教科書。

これは、この家庭には子供がいたということだ。

かまどやコタツは、ここでの生活をものがたっている。

ということは、別宅といいながらも、本宅としてしようしていたのではないだろうか。

教科書があることからも、ここから通学していたと考えていいだろう。






ダム事業着手が59年。

工事開始が65年。

少なくともこの間に新井家別宅は使われている。

となれば、「別宅」とも記されていることを踏まえ、

やはり新井家本宅はダム計画で水没する地域になり、

この別宅へ引っ越してきた。という仮説がたつ。





そうなると、なんでわざわざあんな変なところに・・・となるが、

「別宅」と記されているとおり、この廃屋は、本宅があるときから

存在しているのだ。

つまり、ダムで沈んだ本宅に住んでいるころから、すでに所有していたと考えられる。




ダム建設のために立ち退きを迫られた住民たちは、それなりの金銭を受け取った。

その金で新しい地に移住した人もいれば、すでに土地や別宅がある人は

そこに移り住むのは自然な流れだろう。







ここまでくれば、後は事件の有無だ。

噂を元に考えると、犯人は父親で被害者はその家族。

そして父親は自殺。一家無理心中となるが・・・





やはり、この時期の埼玉県に無理心中事件はなかった。

正確には、僕が調べた中には出てこなかった。










背景となる噂に、1つだけまったく違うものがあった。



 ・空襲かなんかで一家全滅してしまった家らしく、

  その家(廃墟)から何か持って帰ると電話がかかってきたり、呪われたりするとか。
  
  そこに忘れ物すると、ポケベルに忘れ物してるとメッセージが入ったり、家に電話がかかってくるらしい。



なんと、驚きの空襲説だ。

これに関しては、まったくと言っていいほどの嘘である。

ご存知のとおり、終戦は1945年。

新井さん家には1964年の新聞が存在している以上、

少なくとも新井家全滅はなかったはずだ。









では、なぜ廃屋になったのか・・・

やはり立地上、生活をしやすい場所ではないため、引越しをしたと考えるのが妥当か。

必要なものだけ持っていき、家もろとも放置。こんな感じか。







よくよく考えてみれば

凶器にチェーンソーだの、あとから電話がくるだの

どれもこれもが都市伝説的と言うか・・・中学生レベルというか。

日本の犯罪史でチェーンソーを使った事件がどれほど珍しいことか。








-結論-


・廃屋は「新井家別宅」である。

・その別宅には、1964年前後で新井さん関係者が住んでいた。

・そこには小学生がいた可能性が高い。

・この地域には「新井」という苗字が多い。

・近くに新井家の墓があるのは確かだが、いくつもある。

・事件はなかった。

・空襲説などもってのほかよ!







この付近では電子機器の不具合もよく起こるらしいが、

僕たちにはそんなことがなかった。







後々調べに行くが、下久保ダムの建設中に何人かの作業員が事故死しているようだ。

彼らのための慰霊碑も造られている。

つまり、本当に霊障が起こるとしたら、こちらの下久保ダムなのだろう。

それに近い廃屋があり、さらにその傍にお墓もあることから、

この新井さん家が心霊スポット扱いされてしまったのだろう。

新井さんにしたら、勝手に心霊スポット扱いされ、あげくの果てに家の物まで取られていい迷惑だ。

そりゃぁ返せっていいたくなるよね。

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