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のんきな心霊の世界。あなたも軽い気持ちで心霊体験。

 吹上トンネル 考察


心霊スポットとしてはかなり有名だと思う。
TV・ビデオ・DVDなどで、著名人達がよく訪れている。
そのせいか、ここにまつわる霊症、事件、うわさは多岐にわたっている。



吹上トンネル 詳細データ

  正式名称は新吹上トンネル(しんふきあげトンネル)・吹上隧道(ふきあげずいどう)である。
   吹上隧道は2本あり、これが旧吹上トンネルと旧々吹上トンネルと呼ばれている。
   東京都青梅市 都道県道53号にあり、新吹上トンネルの上に旧吹上トンネルがあり、
   さらにその上に旧々吹上トンネルがある。
   
     ・吹上隧道(旧々)
      1904年に竣工(しゅんこう)
      2009年3月に入り口を鉄板で塞がれ、進入は絶望的になる。

     ・吹上隧道(旧)
      1953年竣工
      旧県道53号線にあり、車は進入できない。
      徒歩・2輪車なら通行可能。
      そのためか、トンネル内にはライトが点灯している。

     ・新吹上トンネル
      1989年竣工
      現在使用されているトンネル


-調査-


霊障としては
 
 ・女の霊がでる。
 
 ・白い着物の女が追いかけてくる

 ・白い服の女性が佇み、声を掛けると恐ろしい形相で追いかけてくる

 ・このトンネルを訪れると一ヶ月以内によからぬ事が起きる
という

 ・宮崎勤と同じ白い車でここにくると「ナンデ、トメテクレナカッタノ・・・」という少女の声がするという


など。

あげればきりがないほどだ。




霊障があるならば、必ずその原因がある。

その原因となるうわさもいろいろなパターンがある。



  ・かつて居酒屋であり、そこに住む老婆と女性が惨殺され、娘一人が旧々トンネルへ逃げ込んだが、

   犯人にトンネル内で追い詰められ殺された。



  ・トンネルの手間に廃屋がある。

   その廃屋では一家惨殺事件があったらしい。

   5人家族のうち4人が無残にも殺害されて、運良く逃げた娘がトンネル内部で捕まり、

   そして殺害されたらしい。



  ・連続幼女誘拐殺人犯の宮○勉の殺害現場という噂も、、

   あるカップルが来たときに女の子が凄い勢いで前を通り過ぎて行ったらしい。

   その後に男(おじさん)が「女の子来ませんでしたか?」

   と聞いてきたので迷子なのかと思いあっちに行ったと教えてあげたんだって。

   そのカップルが後でテレビで知ったんだけどその男は宮○勉本人だったらしい。



など。

大きく分けて

・過去に居酒屋従業員が殺害された。

・宮崎勤がこのトンネルに絡んでいる。

の2つになる。







舞台となる居酒屋に関しては、居酒屋、茶屋、居酒屋兼売春宿、住居など。

居酒屋従業員は、親子3代だったり、老夫婦だったり、血縁関係のない人達だったり。

殺害された人数は、ここの女将だけ・従業員3〜4人・一家惨殺など、適当。

殺害場所は、この居酒屋と旧々吹上トンネルが候補にあがっている。

加害者は、トラック運転手、酔っ払い、従業員の女の子など。

宮崎勤に関しては今はおいておく。








この情報を整理すると、問題なのは「トンネル手前の建物で起きた事件」ということになる。





この事件を考えてみる。





実際に殺人事件があったのを前提として、その事件を今ある情報で振り返ったとき、

僕が気になるのは

・トンネルに逃げ込む→追いつかれトンネル内で殺害

の一連の流れである。





この居酒屋で事件が起こり、自分の身内(もしくは仕事仲間)が次々に殺害されていた状況で

必死に逃げようとする1人の人。

その人が生き延びるために建物から飛び出したとき、はたしてトンネル側へ逃げ込むだろうか?

事件の起きた時刻に関しての情報はないが、

これが昼にしろ夜にしろ、旧々吹上トンネルは真っ暗だ。

必死に逃げようとする人がトンネル方向へ行くのは不自然だと思う。

冷静な判断ができなくなっている状況にしても、あえて闇の中のトンネルへは逃げないだろう。

身を隠すためにあえて闇のトンネルに行ったという可能性もあるかもしれないが、

どう考えてもトンネルに逃げるより、すぐそばの獣道へ逃げ、自然と一体化したほうが

隠れやすいだろう。





とすれば、このトンネル内の殺人に関しては、ただの誇張話にすぎない。

トンネルで殺人が起こっていなければ、霊障の原因は、この建物での事件になるだろう。









この事件が起きたとされているのは1955年。

このころの日本の治安がどんな感じなのかはわからないが、

記録に残っている事件の規模と比較して、この吹上事件が日常茶飯事なのか、重大事件なのか

判断ができる。日常茶飯事なら記録には残らないのかもしれない。





この1955年前後で起き、記録にある事件として

・1953年栃木雑貨商一家殺人事件(4人殺害)

・1954年浦添家畜商殺人事件(1人殺害)

・1955年丸正事件(1人殺害)

・1956年品川トランク詰殺人事件(1人殺害)





などがある。

もし吹上事件が大量殺人なら、上の事件と比較してもかなりの衝撃的事件だ。

なのに、記録がなかなか出てこない。

っということは、もしかして事件は起こっていないのか?








この事件の気になる次の点は

舞台の居酒屋である。

僕の意見では、事件が起きたとされる廃屋を見る限り、居酒屋のにおいがしない。

まるでしない。これは僕だけでなく、ちらほらとそういう意見が見受けられる。

まだ売春宿の方がそれっぽい気がする。ただの住居なら大きく納得できる。

しかし、集められた情報の中で一番多いのはなぜか居酒屋なのだ。





では、仮に居酒屋・茶屋だとした場合、店名につながる物が残っててもいいはずだ。

現在では資材置き場となっているが、まだこの廃屋にいろいろな遺留品が残っていた写真が

いろいろなサイトに載っている。

居酒屋というくらいなのだから、のれんの1つくらいあってもいいんじゃないか?

しかし、僕が調べたサイトにはのれんは載っていなかった。

のれんだけ処分した・・・などとは考えにくい。

となると、居酒屋・茶屋ではなかったのではないか。









調べていくと、稲川淳二というキーマンにぶつかった。

彼は



2005年 稲川淳二の怪談伝説!2

2006年 稲川淳二 真相・恐怖の現場vol.1禁断の地再び



で、この廃屋のことを誰かに聞いた話として「居酒屋」と紹介している。

彼的に見ても、ここは居酒屋だと言っている。

そして、老夫婦・その娘・さらにその娘の4人で経営。

そこへ突然ナタをもった男が老夫婦と娘を殺害。さらにトンネルに逃げた孫も殺害した。

といっています。





ここで僕は1つの仮説を立てた。

この廃屋についてのエピソードは全て稲川淳二さんの話が元になっているのではないのか。

心霊業界の中での彼の影響力というのはすさまじいものがある。

その稲川淳二さんが言ったとなれば、うそでもホントでも、影響力は大きいものだと。

そうなれば、どうみても居酒屋に見えない廃屋を彼が居酒屋と紹介したら、それはもう居酒屋なのではないか。

トンネル内に逃げるという不自然な行動も、彼がそう言ったのならば・・・





この仮説を証明するには、少なくともこの映像が出る2005年よりも前までに、このような話が出回っていないことをが必要だ。

答えはすぐに出た。

このDVDが発売する前から、この事件の話はあった。





しかし。

2005年に発売しただけであって、この話じたいはもっと以前から、彼のライブであったり

いろいろなところで話されていたのではないだろうか。

それを聞いた人から、どんどん話が広まり、誇張され、ゆがめられた・・・

と、いう仮説ならありえそうだ。








このDVDの中で、納得のいかない部分がある。

それは、彼が吹上トンネルの中へ入って行ったときの話しである。

20台前後のうら若き乙女二人を連れて行くのだが、トンネルの途中で霊と会う。

彼はその霊のことを、このトンネルで殺された女の子だという。

そして、その子の歳について、一緒に連れてきている彼女達と同じくらいだったと言った。

しかしその後、廃屋でのエピソードのときに、彼の友人が廃屋で「子供の服」を見つけたと言う。

その服は、トンネルで殺された子のだと。





正直。意味がわからない。

つまり、20台前後の女の子が子供服を着ていたということなのだろうか。

それとも、その子が昔着ていた服が保管されたいたということか。

それなら少しは納得できるのだが。








もっとも疑問に思う部分が、最初においたキーワード「宮崎勤」だ。

稲川さんは、宮崎勤が事件を起こす前に自分の出した心霊ビデオの影響で

宮崎勤が吹上トンネルに行った。吹上トンネルのフェンスを破ったのは宮崎だ。

このトンネル内部で「幼女を殺さなくて」とおもったと。

事件後、山狩りになり逃走中の宮崎は吹上トンネルないに潜伏し、そこでつかまった。

と言っている。





まず、宮崎勤の逮捕は1989年。

つまり、1989年以前に稲川さんは吹上トンネルの話をしているのである。

こうなると、さきほどの仮説がいい感じになるのだ。





僕がこの話で疑問に思うのは、稲川さんの話と宮崎逮捕時の情報との食い違いである。

公式発表によれば、宮崎は八王子市内の川原で少女にわいせつ行為をしている最中、

少女の父親に発見され、林の中の道に逃げ込んだが、行き止まりで父親にどつかれ、現行犯逮捕。







まるで違う。

山狩りどころか、現行犯逮捕である。

警察が情報を操作していない限り、稲川さんの話はうそになる。

警察サイドが情報を隠す必要があるのだろうか。

世間を震撼させた容疑者が、トンネルに隠れてました・・・ということを隠す必要があるのか。

もしかしたらもっと奥深い何かを隠しているのか。







しかし、普通に考えて稲川さんの話の方が疑わしくなってくる。

下手をすれば、この吹上トンネルの話全てが稲川さんのつくり話の可能性もある。












では、別の観点から廃屋について考える。





この廃屋での事件が起きたとされる1955年。

そのときすでに旧吹上トンネルが開通して2年が経っていた。

この廃屋が飲食店として建てられたのなら、まだ旧トンネルが開通する前だろう。

旧々トンネルが現役で使われていたときなはずだ。そうでなければ客が来ないから。

しかし・・・現役で使われていたとしても、客が来るだろうか。

峠茶屋ならわかるが、居酒屋というのはどうも疑問だ。

どちらにしても、ドライバーしか客がいなさそうな立地状況で、繁盛するほどの駐車場スペースがあったのか。

現状の状況を見る限り、なかなか厳しそうだ。





そうなると、飲食店ではなく、住居なのではないだろうか。











興味深い資料を発見した。







  【A】

   この資材置場について聞き込みをしたところ、戦後間もない頃、

   つまりトンネルがここしか無かったころに峠の茶屋だか居酒屋だかがあって、

   母娘が営業していたが、酔った男性が手斧だかで2人とも殺害したという痛ましい事件があった。

   犯人は逃走したが都内で逮捕されたとのこと。その時寝ていた赤ん坊の孫娘は気づかれずに

   助かって現在都内在住である。当時の建物は取り壊され、その後に別の人がここに小屋を建てたのが

   この廃屋だったとのこと。ネット上の探索レポートではここが殺人事件のあった建物として紹介されているが、

   とっくの昔に取り壊されていたのだ、残念。廃屋自体は数年前までは荒れ放題だったが、

   また別の人が廃屋を資材置場として使用、頻繁に出入りしている。

     某掲示板より抜粋







  【B】

   青梅の吹上トンネル行って来たよ(・∀・)

   明治トンネル入口の廃墟は昔居酒屋で 一家惨殺されたと心霊系サイトでは騒いで居たけど

   たまたま会った地元のおっちゃんの話では

   明治トンネルを掘削した時の作業員が当時資材置場だったその場所を安く買い取って

   住み着いたと言う話ですた。 その方が亡くなり、家を継ぐ人も居なくて

   そのまま朽ち果てたそうです。

     某掲示板より抜粋







  【C】

   俺、たまたま居た近所のおっちゃん(登り口の家の人)に話聞いたら

   あの廃屋って昔旧旧吹上トンネルの工事関係者が住んでたらしいよ?

   んで、家主死んじゃってから一気に荒廃したとか

   つか、旧旧時代にあんな山奥に居酒屋とか建てる訳無いし・・

   建物の作りだってどう見ても居酒屋では無いと・・・

     某掲示板より抜粋







  【D】
 
   昭和30年頃、ここで峠の茶屋を開いていた母娘が酔った客に手斧で惨殺された。

   その後、昭和40年代にここでトンネル工事が始まり、土木作業員の親子が勝手に廃屋になっていた茶屋を改装して住み着いた。

   工事は8年の予定だったが、4年目に子供が病死した。父親はそれがショックだったのか失踪した。

   そして、作業員が病気等で次々と倒れる等して工事が続けられなくなり、トンネルが貫通し、

   壁が落盤しない程度に固められた程度のところで作業が終了してしまった。

   だから、トンネルの岩壁がむき出しになっていたり、トンネルの反対側が獣道のままなのである。

   直下の「昭和のトンネル」はこことは関係なく、県道のトンネルとして作られたものである。

     「廃墟探訪」(中田薫、関根虎洸、中筋純、二見書房)抜粋

   こちらは、地元警察などへの聞き込み情報とのこと。







となると。事件があったのかは後にして、いまある廃屋は霊の居酒屋ではないという線が濃厚っぽい。

当時、茶屋か居酒屋かなんかしらはあったんだけど、それはいったん取り壊され、今ある廃屋が建てられたと。

建てたのは、トンネル工事関係者で、住居としていた。これなら、いまある廃屋が居酒屋に見えないのは当然だ。

後は事件があったのかだ。










「廃墟探訪」(中田薫、関根虎洸、中筋純、二見書房)抜粋に、

「昭和40年代にここでトンネル工事が始まり」とあるが、これはなんのトンネルなのだろうか。





昭和40年と言えば1965年。

旧吹上トンネル1953年に完成しているので、これのことではないはず。

となると新吹上トンネルのことなのであろうか。しかし、文章を読んでいくとそれも違う。

むしろ、旧々吹上トンネルの工事のこととも読み取れる。





なんだかよくわからない。





Aの情報だと、祖母・母が理由もなく殺され、娘は現在も生きていて、犯人は逮捕されている。

2人を殺害しているのだから、死刑の可能性もある。

しかし、1955年近辺での犯罪で死刑になった者に、この事件に当てはまりそうな人物はない。

となると、事件は起こっていない可能性が大きくなる。





B・Cの情報を整理すると、トンネル関係者が住んでいたが、無事に黄泉の国に行き

放置状態ということか。

BとCは別々の掲示板からの情報だが、ここにでてくるおっさんと言うのが

同一人物だった場合、信憑性が若干落ちる。







-結論-


・宮崎勤が起こした事件と吹上トンネルは、まったく関係ない。

   なので、宮崎勤がらみの霊症はない。

   しかし宮崎勤自身は、吹上トンネルに行った可能性はある。が事件との関係性が低すぎる。

・旧々吹上トンネル手前の廃屋は居酒屋の廃屋ではない。

・その廃屋ではなんの事件も起こっていない。

・なので、事件がらみの霊症はない。

  この地自体が霊場ならば話しは別だが。

・ちなみに、吹上トンネルを花見遠足している幼稚園がある。

・でも、ひとりでは行きたくない。

・夜なんてもってのほかだ。




以上

おつかれさまでした。

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